赤富士 Red Mt. Fuji
「赤富士を描いて欲しい」と、よく人に言われる。 求められるがままに、私は赤富士を描いてみた。けれど、正直に言えば、実際に見たこともないものを描くのは、どこか妙な屈辱感を伴うものだ。「それ、嘘じゃん」と誰かに指を差されたら、「ほんとに嘘だから」と返すほかない。 自分の目で確かめていない美しさを、さも知っているかのように表現することへの、クリエイターとしてのちいさな抵抗かもしれない。 世の中の出来事には、 プラスの感情とマイナスの感情があると思いがちだ。だけど、その境界線は時に、いとも簡単に逆転する。 たとえば、人からバカにされたり、見下されたりしたとき。普通なら怒るか落ち込むところだが、私はどこか心の奥底で、じわじわと“嬉しい”という奇妙な気持ちが湧き上がってくるのを感じる。……変態なのだろうか? いや、少し変態なのかもしれない。 だけど、結果として自分が嬉しければ、それでいいのだ。 そこに至る途中経過なんて、どうだっていい。最初から最後まで立派である必要なんてどこにもない。最終的に、自分の中でなにかが腑に落ちればそれでいいのだ。何か一つ、自分なりの答えみたいなものに辿り着けたなら、それは最高なことじゃないか。 ありのままの自分を笑われる方が、他人から良く見てもらおうと必死にもがくよりも、よっぽどマシだ。 「開き直り」 そう、結局のところ、開き直ってしまうのが一番強い。 「ダメなままでいい」という考え方。私にとっては、これが新鮮で、どこか新しい救いのように思える。 本当に大事なのは、世間体やプライドではなく、 今自分が「気持ち良く息をしているかどうか」だ。心が健やかに呼吸できているかは、不思議とそのまま顔に出てしまうものだから。 これから先、何が起きるかなんて誰にもわからない。そりゃあ、不安になることもある。でもね、現実の世界を見渡してみれば、私たちはたいてい安全に家に帰れる確率の方がずっと高いのだ。帰り道に、映画のような大冒険なんてそうそう転がってはいない。 本当の冒険は、いつだってこの頭の中に用意されている。 Red Mt. Fuji People often ask me, "Could you paint Red Mt. Fuji?" So, following their requests, I tried my hand at pa...